私が「巻き取る」と「ほぼほぼ」を警戒する理由 ― その一言、プロジェクトの未来が透けて見える

みなさん、こんにちは。

世の中には、聞いた瞬間に「ん?」と首をかしげてしまう言葉ってありますよね。私にとってのその二大巨頭が、「巻き取る」「ほぼほぼ」です。

どちらも決して悪い言葉ではありません。むしろオフィスのあちこちから楽しげに聞こえてきます。ただ、私の脳内ではこの二つの言葉を検知した瞬間、なぜかパトランプが真っ赤に回転し始めるのです。

今日は、そんな私の脳内アラートの理由を、ちょっとゆるめに(そして若干のトラウマを添えて)書いてみたいと思います。


「巻き取る」 – なぜか漂う「力技で片付ける感」

「よし、そこは俺が巻き取るわ!」

そう言われると、私の脳内ではいつも、コードリール(電工ドラム)を「ガーーーッ!」と力任せに高速巻き戻ししている映像が流れます。

……いや、仕事ってそんな掃除機のお片付けみたいな勢いで処理して大丈夫でしたっけ?(笑)

もちろん、困っているメンバーを助け合うスピリットは最高に素晴らしいです。ただ、この言葉が登場する現場って、だいたい以下のような様式美が完成しています。

  1. 担当者が絶望的に進捗遅れ(デスマーチの足音が聞こえる)
  2. 周囲のメンバーとしびれを切らしたマネージャー
  3. そこで救世主のように現れた誰かが「じゃあ俺が巻き取るわ」

この瞬間、私は心の中でそっとデスノート(付箋)にメモします。「あ、これは文脈が宇宙の彼方に消え去るやつだ」と。

仕様が決まったドロドロの背景、過去の不採用理由、そして埋め込まれた不発弾(地雷)の位置。そういう「本当に大事な情報」がごっそり抜け落ちたまま、勢いとパワーだけでガリガリ進む未来が丸見えなのです。

だから私は「巻き取る」を聞くと、お助けヒーローの登場を喜びつつも、裏ではこっそり「この案件、どこから火の手が上がるんだっけ……」と、消火器を握りしめて再点検モードに入ります。


「ほぼほぼ」 – 可愛い顔した「責任回避」の魔法の言葉

「ほぼほぼ」。

うーん、実に可愛い響きですよね。語感だけなら、ご当地のゆるキャラの名前や、シルバニアファミリーの新キャラクターにいそうなレベルです。

ただ、ビジネス、特にエンジニアリングの現場で聞く「ほぼほぼ」は、可愛い顔した悪魔だと思ったほうが安全です。

  • 営業さん「今回の案件、ほぼほぼ取れます!」
  • 開発メン「この機能、ほぼほぼ間に合います!」

長年の経験から言わせていただきますが、この二つの「ほぼほぼ」は、ほぼほぼ信用してはいけません(確信)。

なぜなら、本当に自信がある人は「ほぼほぼ」なんていう重ね技を使わないからです。「できます!」「やります!」「18時までにプルリク出します!」と言い切れる人は、潔く断言します。

「ほぼほぼ」の裏には、

  • 「断言して責任は取りたくない」
  • 「でも、とりあえず今はポジティブに見せて場を凌ぎたい」

という、人間の切ない「防御本能(逃げ道)」の香りがぷんぷん漂っているのです。その香りを嗅ぎ取った瞬間、私の手は勝手に「最悪のケース(納期遅延・仕様変更)」を想定したスケジュール調整へと動き出します。


言葉は、その人の「責任の取り方」を映す鏡

面白いもので、役職が上になればなるほど、この二つの言葉を使わなくなる傾向があります。

責任が重くなると、曖昧な言葉はそのまま特大のリスクとして自分に跳ね返ってきますからね。判断を誤らせるし、大障害の原因にもなりかねません。

逆に、若手や中間層が思わず使ってしまうのは、

  • 断言する重圧から解放されたい!
  • 万が一のときのクッションが欲しい!

という心理が働くからでしょう。私も若い頃は、進捗を聞かれて「ほぼほぼ受注できます(※なお、前向きに検討しますと言われただけ)」と言って、先輩に詰められた苦い記憶が……ゲホンゴホン。言葉って、本当に人間の本音を正直に映し出します。


UI/UXや医療ICTの世界では、一瞬で致命傷に

私がここまでこの二つの言葉に敏感(というか、もはやアレルギー気味)なのは、UI/UXの設計や医療ICTといった、「設計哲学」と「100%の再現性」が命の世界に長く身を置いているからでもあります。

この世界での曖昧さは、単なる「バグ」を通り越して、現場の混乱や大事故に直結します。

  • 「UIの動線? ほぼほぼこの前のイメージで!」
  • 「あ、そっちのデータ連携は俺が適当に巻き取っておきます!」

……なんて言葉が飛び交う設計会議があったら、ホラー映画より恐怖です。ユーザー体験(UX)が良くなるどころか、プロジェクトがマッハで炎上します。


一言で未来が見える(かもしれない)

「巻き取る」も「ほぼほぼ」も、使っている本人に悪気は一切ありません。むしろ、張り詰めた現場の空気をちょっとマイルドにする効果すらあります。

ただ、私はその一言の裏にある「責任の所在のグラつき」や「確証のなさ」を、野生の勘で嗅ぎ取ってしまうのです。

言葉は、その人の仕事観を映します。そして、プロジェクトの未来のコンディションも。

だからこそ、この二つの言葉が耳に飛び込んできたときは、 「おっ、きたな」 とちょっとだけ背筋を伸ばし、コーヒーを一口飲んでから、「さて、どこに埋まっている地雷から処理しようか」とニヤリと笑うようにしています。

――なんて、心の中でプロフェッショナル気取りのナレーションを流していた、その時です。画面の隅に不穏な通知がポップアップしました。時計を見ると金曜日の17時55分。

『例の件、〇〇さんが巻き取ってくれたのでほぼほぼ完了だそうです!』

画面の前で完全に笑顔が引きつっています。パトランプどころか、脳内で非常警報が鳴り響き始めました。ちょっと現場の消火活動に行ってきますね(苦笑)

 

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

それでは、よいプロジェクトマネジメントを!

カテゴリ: プロジェクト管理

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