みなさん、こんにちは。
医療・介護系のIoTエンジニアが日々頭を悩ませるテーマの1つに「在宅IoT」の開発があります。特に、通信規格の選定は悩ましい問題ですよね。
「Wi-Fi4を切り捨てるべきか、それとも最低限サポートすべきか」
病院に導入するIoTシステムと違い、在宅IoTは「家庭のWiFiに接続してクラウドと通信する」のが現実的です。ところが、ここに大きな落とし穴が潜んでいます。ご家庭のWi-Fi環境は、最新の機器に触れる機会が多い私たち技術者が想像する以上に多様で、古いルーターが使われているケースがとても多いのです。
今回は、IoTエンジニアの視点から、在宅医療に必須となるWi-Fiの互換性とセキュリティリスクのバランスについて、どうしたらよいのかを解説していきます。
なぜ在宅IoTは「古いWi-Fi」が前提になるのか
病院では最新のルーターや厳格なセキュリティポリシーを前提にシステムを設計できますが、在宅医療ではそうはいきません。以下の3つの前提があるからです。
- 後付け導入が基本
- すでに存在するWi-Fi環境に機器を接続する必要があるため、ルーターの更新はユーザー任せになります。
- ユーザーは高齢者が中心
- 高齢世帯では、通信キャリアから貸与されたルーターをそのまま使い続けていることが多く、ネットワーク機器の更新頻度は低い傾向にあります。
- 導入現場は全国に分散
- 都市部と地方ではWi-Fiの普及状況やルーターの世代が大きく異なり、画一的な対応は難しいのが現状です。
つまり、「Wi-Fi6でしか動きません」という仕様では、多くのユーザーに受け入れてもらえないのです。
各Wi-Fi規格の普及状況
IoT機器が接続を想定すべきWi-Fi規格は、以下のようになっています。
- Wi-Fi4(802.11n)
- 2009年頃から普及し、最大600Mbpsの通信速度に対応。セキュリティ規格はWPA2までです。高齢世帯を中心に、現在も多くの場所で使われています。
- Wi-Fi5(802.11ac)
- 2013年に登場し、最大6.9Gbpsに対応。WPA2/WPA3の両方をサポートしており、現在、家庭やオフィス、病院の主流となっています。
- Wi-Fi6(802.11ax)
- 2019年以降に普及した最新規格で、同時接続や省電力が大きな強み。新規導入でどんどん拡大しています。
- Wi-Fi7(802.11be)
- 2024年以降に市場投入されますが、IoT機器の接続先としてはまだ現実的ではありません。
これらの状況をふまえると、IoTエンジニアとしては「Wi-Fi5が主流、Wi-Fi4が残存、Wi-Fi6が拡大中、Wi-Fi7は現状無視してよい」という現実的な前提で開発を進めるのが良さそうです。
古いルーターを無視できない理由とリスク
IoTシステムを開発する際、単に「動けばOK」という考え方は危険です。近年、ルーターのサポート期限は短くなる傾向にあり、大手メーカーのNECは、販売終了から3年でサポートを打ち切る方針を発表しました。これは、IoT機器が接続先のルーターのセキュリティ状態に大きく依存することを意味します。
古いルーターを使い続けると、以下のようなリスクが発生する可能性があります。
- 暗号化強度が不十分
- WPA2までしか対応していないルーターが多く、最新のWPA3に比べるとセキュリティが劣ります。
- 脆弱性が放置される
- サポートが終了したルーターは、発見された脆弱性が修正されないまま放置されるため、サイバー攻撃の標的になりやすくなります。
- IoT機器が攻撃の踏み台に
- 脆弱なWi-Fi環境に接続されたIoT機器が、悪意のある攻撃の踏み台にされるリスクがあります。
在宅IoTの開発方針は「Wi-Fi4を最低限サポート」
こうした状況をふまえて、在宅IoTの開発方針を整理してみます。
- メインターゲットはWi-Fi5以降
- 通信品質、セキュリティ、普及率のバランスが最もとれており、今後の医療現場での標準化も進んでいます。
- Wi-Fi4は「最低限の互換性」として残す
- 高齢世帯の存在を考えると、Wi-Fi4を完全に切り捨てると導入できないケースが多発します。
- ただし、Wi-Fi4は「動作はするが、推奨はWi-Fi5以上」というスタンスを明確にすることが重要です。
実際の製品開発では、Wi-Fiモジュールを選定する際に「802.11n(2.4GHz)」の互換性を残すかどうかが鍵となります。コストや消費電力に多少の影響は出ますが、在宅医療をターゲットにするなら、この互換性を捨てるのはリスクが大きいと言えるでしょう。
ユーザーにリスクを伝えるための対策
Wi-Fi4をサポートするということは、古いルーターと接続するリスクを許容することでもあります。このリスクをユーザーと共有し、安全な利用を促すための対策も設計に盛り込むべきです。
- 仕様書に推奨環境を明記する
- 「Wi-Fi5以上を推奨」と明確に記載し、Wi-Fi4はあくまで最低限の互換性にとどめることを伝えます。
- 接続テスト時に警告を表示する
- 機器の初期設定アプリやUIで、古い暗号化方式(WPA2以下)のWi-Fiに接続しようとした際に警告を表示し、ユーザーにリスクを伝えます。
- 外部診断サービスの活用を案内する
- 「am I infected?」のようなIoT機器の脆弱性簡易診断ツールをユーザーに案内することで、セキュリティ意識を高める手助けをします。
このように「動作はするが安全ではない」という立場を明確にすることで、万が一のトラブルを未然に防ぎ、ユーザーの安心感にもつながります。
まとめ – 現場と安全性を両立させるIoT開発
在宅IoTにおける通信仕様の選定は、単なる技術的な課題ではありません。利用者の安心感と現場での受容性を左右する、非常に重要な判断です。
- 在宅IoTは「既存環境に後付け」が大前提。
- Wi-Fi規格は「Wi-Fi5が主流、Wi-Fi4が残存、Wi-Fi6が拡大中」と捉える。
- 古いルーターのサポート期限短縮を考慮し、セキュリティリスクを提示する。
- 開発方針は「Wi-Fi4は最低限サポート、推奨はWi-Fi5以上」が現実的。
- ユーザーにリスクを伝え、最新のWi-Fi環境への移行を促す仕組みも不可欠。
IoTエンジニアに求められるのは、「現場で動くIoT」と「安全に運用できるIoT」を両立させることです。そのためには、技術的な仕様だけでなく、ユーザー教育やサポートの仕組みまで含めた設計が欠かせません。
Wi-Fi4を切り捨てず、かといって依存もしない。これが、在宅IoTを成功させるための現実的な通信設計の落としどころと言えるのではないでしょうか。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、よいIoT開発ライフを!