日本のDXがうまく進まない本当の理由 – 文化は「欧州型」、取り入れる手法は「アメリカ型」という矛盾

みなさん、こんにちは。

先日、ある技術者交流会で「JRのダイヤシステム」に関する興味深いお話を聞く機会がありました。単なる鉄道技術の解説にとどまらず、日本・アメリカ・欧州それぞれの「システムに対する考え方の違い」まで踏み込んだ内容は、なんとなく感じていた「DXの違和感」を解き明かすことに関して、非常に示唆に富むものでした。

その中で、特に印象的だったのが次の整理です。

  • 日本: システムは「不完全なもの」と捉え、人間がカバーする前提で運用する。極めて慎重で安定志向。
  • アメリカ: 自動化と効率を最優先し、多少の不安定さや失敗は許容する。
  • 欧州: 安定性を重視しつつ、制度とルールの中で慎重にシステム改善を進める。

この話を聞いたとき、私の中で「なぜ日本でDXがなかなか進まないのか」という問いに対して、パズルのピースがピタッとはまったような感覚がありました。

今回は、多くの現場が直面している「DXの停滞」の正体を、文化的背景から紐解いてみたいと思います。

 


 

日本、アメリカ、欧州 – システム観を分ける「文化的前提」

 

DXの成否を語る際、どうしても技術スタックや人材不足の話になりがちですが、実はもっと深いところに「文化的前提」の違いがあります。まずは3つの地域のシステム観を整理してみましょう。

日本 – 人間中心・現場吸収型

日本では長らく、「最後は現場の人間がなんとかする」という考え方が美徳とされてきました。

鉄道の定時運行も、製造現場の品質維持も、すべては「人が頑張ることで成立している」という成功体験に基づいています。結果として、システムは「現場を縛るもの」ではなく、あくまで「現場の判断を支援する存在」という意識が強くなりました。

 

アメリカ – システム中心・高速改善型

対照的なのがアメリカです。彼らの根底には「人間は必ずミスをするから、システムで統制する方が合理的」という思想があります。

そのため、プロセスの標準化と自動化を徹底し、失敗は「学習コスト」として割り切る。この「スクラップ&ビルド」を厭わない文化が、アジャイルやDevOpsを自然なものとして成立させています。

 

欧州 – 制度中心・長期安定型

欧州は独特です。安全性と安定性を最優先し、「人よりも制度とルール」を信頼します。

人間の裁量をあえて減らし、システムが逸脱を許さない設計を好みますが、アメリカほど頻繁に作り直すことはしません。「長く使い、継承すること」が重視される文化です。

 


 

日本の「根本的な性格」は、実は「欧州型」

 

ここで面白いのが、日本の立ち位置です。
私たちは表面的にはアメリカ流のビジネスを追いかけていますが、組織の深層にある価値観は、実は欧州型に極めて近いのです。

  • 長期安定を重視し、失敗を避ける
  • 合意形成(コンセンサス)が重く慎重
  • 「暗黙知」やローカルルールが多い
  • スクラップ&ビルド(破壊と創造)が苦手

「確実に積み上げる」という姿勢において、日本とドイツなどは非常によく似ています。

 


 

なぜ現場で「アメリカ型DX」が空回りするのか

 

さて、ここからが本題です。
現在、日本企業が必死に導入しようとしている手法の多くは、アジャイル、Scrum、DevOps、OKRといった、「アメリカ文化」を前提としたツールばかりです。

これらの手法は、「権限委譲がされている」「標準化が徹底されている」「失敗を恐れない」といった土壌があって初めて機能します。しかし、日本の組織は先述の通り「欧州型」の慎重な土壌です。

その結果、現場では次のような悲劇が起きていないでしょうか?

  1. アジャイルが「会議の多いウォーターフォール」になる
    権限委譲が不十分なため、現場で即決できず、結局お伺いを立てるためのミーティングが増えるだけ。
  2. DevOpsが現場の負担を増やす
    自動化しきれない古いプロセスを人間が手作業でカバーするため、「楽になるはずの仕組みが、逆に仕事を増やす」という本末転倒が起きる。
  3. 標準化が「例外ルール」だらけで破綻する
    現場の個別事情をすべて吸い上げようとして、システムがどんどん複雑怪奇になっていく。

多くのエンジニアが抱く「このやり方、うちの会社に合ってないのでは?」という違和感は、まさにこの文化のミスマッチから来ているのです。

 


 

航空機の設計思想に見る「決定的な違い」

 

この「文化と設計思想の違い」を理解するために、エンジニアにとって馴染み深い航空機のオートパイロット設計を例に挙げてみます。

  • アメリカ型(ボーイング)
    「人間はミスをする」からシステムが監視し、必要なら介入する。しかし、最終的な操縦の自由度はパイロットに持たせる。
  • 欧州型(エアバス)
    「人間はルールを守る」という前提で、そもそも危険な操作(限界を超える入力)をシステムが物理的に禁止する。
  • 日本型
    「システムはあくまで支援」。最後は人間が責任を持つため、自動化の自律性を上げにくい。

アメリカ型は「自動テストやフェイルセーフをガチガチに固めて、高速に回す」発想。欧州型は「厳格な型システムや仕様で、最初から逸脱を防ぐ」発想です。

今の日本のDXは、「設計思想やツールはアメリカ型なのに、責任感覚や運用文化は欧州〜日本型」という「ねじれ」が起きています。

この境界線が曖昧なため、何かあった時の責任の所在が不明確になり、結局「現場が頑張る」という昔ながらの構造に逃げてしまうのです。

 


 

必要なのは「輸入」ではなく「翻訳」

 

DXが進まないのは、エンジニアの技術力不足でも、現場の怠慢でもなかったのです。設計思想と文化のミスマッチこそが真の原因なのです。

DXとは、単に海外の便利な技術を「輸入」することではありません。その手法を自社の文化に合わせて「翻訳」する作業こそが本質なのだと思います。

もしアメリカ型を貫くなら、権限委譲や失敗を許容する文化までセットで変える覚悟が必要です。それが難しいのであれば、欧州のような「制度による段階的進化」や、日本が得意とする「現場知を活かした設計」など、別のDXの形を模索すべきでしょう。

文化を理解し、私たちの土壌に合った設計思想を持つこと。それこそが、現場が抱えるモヤモヤを解消する第一歩になるはずです。

 

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

それでは、よいシステム開発を!

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