みなさん、こんにちは。
私は現在、医療機器監視システム「MEGTAR」の継続開発を行う傍ら、オリジナルの在宅医療支援システムの新規開発にも取り組んでいます。そのため、日頃から医療機器のアラーム監視については人一倍強い関心を持っています。つい先日も、医療機器のアラームを活用した見守りの在り方についてトーテックアメニティ社主催のセミナーで講演させていただいたばかりです。
そんな中、私が参加しているコミュニティに、「心電図モニタに関連する事故をゼロにする」という大きな目標を掲げて設立された「MACT研究会」があります。医療機器のアラームに医療従事者として真摯に向き合い、現場の改善に全力で取り組んでいる人たちの集まりです。
先日、第3回の研究会にオンラインで参加しました。医療現場におけるアラーム管理のリアルな課題と、その鮮やかな解決策についてたくさんの学びがありましたので、今回はその内容と、私なりの気づきを共有したいと思います。
現在、多くの病院で生体情報モニターのアラームが鳴り止まず、現場の看護師さんが疲弊してしまっています。この深刻な課題にどう立ち向かい、持続可能な安全管理を築くべきなのか。
今回の研究会では、代表幹事の冨田晴樹氏と中山有香氏から、数々の失敗から導き出された「現場で本当に役立つ」安全管理のあり方が示されました。
現場の悲鳴 – 「F1マシン」を渡された小学生のよう
今の医療現場では、モニターを「付ける・外す」の判断権を持つ医師と、24時間そのアラームに対応し続ける看護師との間に、深刻な意識の温度差がある、と冨田氏は訴えます。
私も現場に出た際に何度も目撃しましたが、看護師が病棟に出ると、アラームは絶えず鳴り響いていて、物理的に対応できる数をはるかに超えています。しかし医師は、その実情を薄々は知りつつも「アラームが鳴ったら看護師が対応してくれるだろう」と考え、モニターの設定や離脱の判断を軽視しがちです。その結果、現場では「アラームが鳴るのは当たり前」という思い込みが生まれ、次第にアラームに対して無関心になってしまうという悪循環が起きているようなのです。
さらに冨田氏は、今の高度なモニターを「小学生にF1マシンを渡した状態」と例えていました。多機能すぎて使いこなせず、結果として「とりあえず消音ボタンを押すだけ」という思考停止を招いているというのです。
この無秩序な状態のままでは、見落とし事故がいつ起きても不思議ではありません。そして、もし事故が起こると、たまたまその日担当だった看護師が責められてしまいます。冨田氏はこの不条理な構造を、いつ誰が当たってもおかしくない「ロシアンルーレット」であると厳しく指摘していました。
安全を支える「三つの柱」 – 交通ルールに学ぶ管理術
この「ロシアンルーレット」を止めるために、冨田氏が提唱していたのが、交通安全に例えた「三つの柱」です。
Pillar 1 – 交通ルール(ルールの標準化)
一つ目の柱は、「なんとなく付けて、不要そうだから外す」のではなく、「この基準(根拠)を満たしたから外す」という明確な離脱基準を、医師と看護師の間で合意することです。共通の「交通ルール」があれば、看護師さんは専門職として医師と対等に話し合い、合理的な提案ができるようになります。
Pillar 2 – ドライバー(熟練した基本)
二つ目の柱は、クルマの運転のように誰でもできる基本の徹底です。特別な神業は必要ありません。「当たり前のこと(電極の正しい貼り方や皮膚の事前の清拭など)」を、全員が100%守れる「セーフティドライバー」を目指します。これだけで、偽アラームによるノイズは激減し、安全性が飛躍的に向上します。
Pillar 3 – 自動車(安全で扱いやすい機器とAI)
そして、3つ目の柱が、自動車のように安全で扱いやすいスマートな医療機器です。そのためには、説明書がなくても使える直感的な操作性と、背景で賢く守ってくれるAI技術が必須とのこと。AIがノイズを除去し、優先順位を整理することで、人間が対応可能な範囲まで情報を絞り込む「高度なフィルター」の役割を果たします。
実践のリアル – 正論だけでは現場は動かない
冨田氏が「理論」の提示だとすれば、彩の国東大宮メディカルセンターの中山有香氏は「実践」のリアルを教えてくれました。中山氏は当初、「完璧な正論(いわゆる、ミスを防ぐ仕組み=Safety-I)」で活動を始めたものの、大失敗に終わった経験を率直に語ってくださいました。
- 「専門家主導」の限界
臨床工学技士(CE)や医師だけでルールを作り、立派なマニュアルを整備したものの、現場の看護師からは「自分たちに関係あるの?」と冷ややかに見られ、活動が続かなくなってしまったそうです。 - 「現場主導」への大転換
この反省から、中山氏は主役を現場の「リンクスタッフ」に交代させました。参加条件を「知識不問、やってみたいだけでOK!」と大幅に下げたことで、現場の困りごとを自分たちで解決する文化が生まれたとのことです。 - 「生データ」で心を動かす
システムで出力される統計的な厳密さよりも、自分たちの足で数えた「SpO2センサーの外れ率」といった生々しい数値が提示されたことで、看護師たちは「自分たちの努力でアラームを減らせた!」という最高の成功体験を得ることができたようです。
10年かけて「文化」を創る
MACT研究会、ひいてはMACTという活動が目指すゴールは、単なるアラーム数値の削減ではなく、ミスを個人の責任にせずシステムの問題と捉える「Safety-I(防ぐ力)」と、現場の適応力を育む「Safety-II(育む力)」を融合させ、自律的な安全文化を築くことです。
冨田氏は、新人に基本を徹底させ、その世代が教育的立場になる「10年後」を見据えた長期戦略を掲げていました。入り口の敷居は低く、しかし「事故ゼロ」への意志は高く。アラームに背を向けず、患者さんとじっくり向き合える静かな病棟を自分たちの手で実現する。それこそが、MACT研究会が描き出す医療安全の未来像でした。
システムの開発者・設計者として考えた目標
今回のご発表を伺い、システムの開発者として、あるいは一人の医療機器監視システムの設計者として、私は以下の3つの目標を強く意識しました。
1. 「点」の改善を「面」へ広げる
MACT活動は現在「心電図モニター」に焦点を絞っています。これは心電図への苦手意識が強い現場の看護師に配慮した素晴らしい戦略ですが、本来アラーム管理の課題は人工呼吸器や輸液ポンプなど、あらゆる機器に存在します。この「ボトムアップのノウハウ」を、他の医療機器へいかに横展開し、「病院全体の安全文化」へと昇華させられるか。システムを使って、現場に過度な意識をさせずに「面」へと広げる仕組みをアシストすることが、今後の大きな鍵になりそうです。
2. 「敷居の低さ」の先にある「自分ごと化」の仕組み
中山氏が提言された「敷居を下げる」アプローチは、MACT活動の立ち上げ期にこれ以上ないほど有効です。ただ、さらに現場が主体性を持ち続けるためには、「義務」ではなく「メリット」を感じられる仕組みが不可欠だと感じました。 例えば、「無駄な作業がこれだけ減り、本来やりたかった看護の時間が増えた」という実感。これをシステム側から定量的に示すことはできないか。現場の意見が反映される「適応力(Safety-II)」を育てる環境こそ、IT側がサポートすべき領域だと強く思いました。
3. 「機能の追加」ではなく「運用の設計」を担う
今の生体情報モニターが「F1マシン」のようになってしまったのは、多様な現場の声に「機能追加」で応え続けた結果でもあります。 だからこそ、私はメーカーにこそ「コンサルティング部署」が必要なのではないか、と考えています。各病院のニーズに合わせて機能をあえて「引き算」し、最適な運用を現場と一緒に検討する。技術的に「できない」と諦めるのでもなく、無尽蔵に機能を増やすのでもない。現場の「使い心地」と「信頼」をデザインするパートナーとしてのあり方を、私自身も模索していきたいと強く思わされました。
これらは一朝一夕で達成できるものではありません。冨田氏が言っておられたように10年スパンで考えていかなければならないものです。しかし、意識していなければ到達することは絶対に不可能です。今後もこの志を忘れずに、日々のシステム開発に全力で取り組んでいきたいと思っています。
もしみなさんも意見や感じたことがあれば、ぜひコメント欄に書き込んで教えてください!
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、よいプロダクト開発を!



