みなさん、こんにちは。
先日、製造業向けの展示会「モノづくりフェア」に参加してきました。多くのブースで「AIで異常を検知したい」「IoTログを徹底活用したい」というキーワードが飛び交っていて、AIが製造現場の最重要テーマであると改めて感じました。
ですが、現場で働くみなさんの間では、こんな本音も聞こえてきませんか?
「実際、ウチの現場では思ったように成果が出てないんだよね」
今回はこのモヤモヤを解消するために、製造業におけるIoTログ解析のAI活用状況、現状の限界、そして未来の方向性について解説していきます。
IoTログ解析でAIが「既に活躍」している具体的な分野
まずは「うまくいっている領域」を具体的な事例を交えて紹介します。
設備の異常検知・予知保全(Predictive Maintenance)
日総工産株式会社の事例では、製造装置から振動や温度などを取得し、「予知保全AI」を活用。突発的な故障や稼働ロスを削減できたと報告されています。
日本システムウエア株式会社(NSW) が提供する「Toami Analytics for 予知保全」では、AIと統計手法を組み合わせ、故障予測や異常検知を実現しています。
シチズンマシナリー株式会社では、工作機械のスピンドルベアリングの故障予測にAIを導入し、稼働停止を大幅に削減しています。
エネルギー使用量の予測・効率化
製造現場では、設備や工場のエネルギー使用量の予測もAIが活躍。稼働率や電力使用パターンを予測し、ムダな稼働を抑えたり電力ピークを回避したりする事例があります。
生産効率の最適化・センサー間の相関関係の発見
複数のセンサーを設置し、データをAIで解析して「このセンサーがこのセンサーと強く連動して異常の兆候を出している」といった相関関係を発見する事例も。例えば、ファナック株式会社は稼働データをAI解析し、異常検知やメンテナンス時期の予測を実現しています。
これらの成功事例に共通するのは、「過去のデータから未来の傾向を予測する」というタスクにAIが特化している点です。そして、現場で成果が出ている事例で多く使われているモデルは、以下の通りです。
- LSTM(長短期記憶モデル)
- 勾配ブースティング(XGBoost、LightGBMなど)
- Autoencoder(自己符号化器)
ここで一つ疑問が浮かびます。
ChatGPTのようなLLM(Large Langurage Model)は使われていないのでしょうか?
結論から言うと、まだ主流ではありません。
ChatGPTのようなLLMはTransformerというモデルを使用しています。Transformerとは、自己注意機構(Self-Attention)を用いて、入力データの全体を一度に処理することができるモデルです。
このTransformerは、IoTログのような「時間のつながりを持つデータ」には応用方法がまだ研究されている段階です。
ChatGPTがあれだけのことができるのだから、IoTログ解析にも簡単に応用できるのではないかと思いますよね?
しかし、そう簡単にはいかないのが現実です。
なぜ「Transformer」がIoTではまだ主流ではないのか?
Transformerは理論的に非常に優れています。文脈(過去と未来の関係)を長く保持でき、GPUで並列計算も可能です。しかし、IoT分野ではまだLSTMや古典的手法が多く使われています。その理由はシンプルに、製造現場のデータが抱える「現実的な課題」にあります。
IoTデータは「きれいな系列」ではないという現実
Transformerは構造的に柔軟ですが、学習のためにはデータが整備されている必要があります。しかし、現場のIoTデータは想像以上にノイズや不備が多いものです。
- センサーごとにサンプリング周期がバラバラ。
- 欠損値やノイズが頻繁に発生する。
- 最も重要な「異常ラベル(教師データ)」がほとんどない(めったに故障しないため)。
現場のIoTデータは「きれいな系列データ」とは言えず、データが整っていないとTransformerはうまく学習できません。
計算コスト(メモリ・リソース)の高さ
Attention機構(自己注意機構)を用いるTransformerは、長時間のデータや多数のセンサーを扱うと、その分、メモリと計算リソースが膨大になります。
工場やプラントでは、現場にあるエッジコンピューティング環境や既存のハードウェアでは負荷が大きすぎることが多く、実運用に乗せにくいという課題があります。このため、実務では「軽量で安定したLSTM」や「ルールベース+AI補助」が現実的な選択肢になっています。
AIがぶつかる「もうひとつの壁」 – 「目的の定義」の難しさ
技術的な課題以上に根深いのが、「そもそも何をAIに判断させるのか?」という目的の定義の難しさです。
AIは、人間が「何を良しとするか」を明確に設定しなければ動けません。
文章生成AI(LLM)は「質問に答える」「要約する」という明確な目的があります。
しかし、IoTログ解析における目的は曖昧になりがちです。
- 「異常」とは、設備の故障寸前なのか?性能低下のことなのか?
- 「正常」は、設備が新品の状態なのか?それとも安定稼働している状態なのか?
季節変動や設備の老朽化で「正常の基準」が変わるため、AIが何を学べばよいのか、人間側が決められないケースが多発します。「AIがなんとなく動くけど、結局信頼できない」という結果になりがちなのは、技術ではなく目的の定義に壁があるからなのです。
それでもAIは進化している – 目的を自分で仮定する学習法
この「目的の定義」の壁を乗り越えようと、AIは進化しています。キーワードは「自己教師あり学習(Self-Supervised Learning)」です。
これは、異常ラベルがない状態でもAIが学習できるように、AI自身に「課題」を与える手法です。
- 次の状態予測
- 「次のデータを予測しなさい」という課題を与え、予測が大きく外れた箇所を異常の兆候として扱う。
- データ再構成
- 入力データを圧縮し、元に戻す(再構成する)モデル(Autoencoderなど)を作り、うまく元に戻せない部分を異常として検知する。
これらは、人間が細かく異常ラベルを付けなくても学習できるため、製造装置などで実証が進んでいます。つまり、AIが「目的を自分で仮定して学習する」方向へ、確実にシフトしているわけです。
そしてこれから – LLM的IoT解析の可能性とTSFM
最近では、文章理解が得意なLLMと、数値解析が得意な時系列モデルを組み合わせる研究も登場しています。
- ハイブリッド構成の例
- LLMが「この振動データは、〇〇という設備のベアリング異常の文脈か?」と理解し、時系列モデルが「異常スコアは〇点」と定量評価する。
さらに、製造業のデータ解析の未来を大きく変える可能性を秘めているのが「Time Series Foundation Model(TSFM)」です。これは、時系列データに特化したGPTのようなもので、さまざまなセンサー・ログパターンを事前学習します。
このTSFMが実用化すれば、「AIが自ら正常・異常を理解し、現場のオペレーターに分析結果を提案する」という、まさに知的な相棒としてのAIの時代が現実になるでしょう。
まとめ – AIは魔法ではない、けれど確実に進化している
製造業のIoTログ解析におけるAIは、すでに人間が見つけにくいパターンを可視化し、予知保全という形で大きな成果を出しています。
ただし、AIをうまく現場で活かすためには、次の3点が非常に大切です。
- 目的の明確化
- 「異常とは何か」という現場の共通認識を、AI導入前に徹底的に擦り合わせる。
- データの前処理
- 現場のセンサーごとのノイズや欠損値を、丁寧に整える。
- 限界の理解
- AIは万能ではないと理解し、期待値を適切に設定する。
AIは万能ではありません。しかし、「目的を曖昧なままでも、仮説を立てながら学ぶ」方向に確実に進化しています。IoT技術者にとってAIは、魔法の箱ではなく、データと現場をつなぐ知的な相棒です。うまく付き合えば、これまで見えなかった「兆し」を教えてくれます。そしてその先には、「AIが自ら目的を定義して現場の最適運転を導く」時代が、もうすぐ来るかもしれませんね。
ビューローみかみではIoTを活用した製造業のDX化のお手伝いをしています。データ収集から活用まで、お気軽にご相談ください。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
それでは、よいIoTライフを!