みなさん、こんにちは。
2か月ほど前、エイベックスの松浦会長が公開したnoteがSNSを中心に大きな話題となりました。過去の膨大なインタビュー記事や資料を生成AIに読み込ませて執筆させたという自伝的内容で、その完成度の高さから「AIがどこまで個人の思考や言葉を再現できるのか」と、AIの可能性や今後のビジネスへの影響についてSNS上で盛んに議論が交わされました。
実際、私もその記事を読んで大きな衝撃を受けた一人です。AIが過去の文脈を分析し、ご本人の語り口や思考を反映した文章を構築できるという事実は、技術の目覚ましい進歩を強く実感させるものでした。もちろん、生成された文章の裏には、松浦会長自身が相当な時間をかけて校正し、手直しを重ねて最終形に仕上げたプロセスがあったはずです。それでもなお、あの文章のベースをAIが作り出したという事実は驚嘆に値するものでした。
文章生成にとどまらず、画像や音楽、動画領域でもAIの活用は日常的なものになりつつあります。例えばYouTubeに投稿された海外映像コンテンツでは、AIによる自動字幕生成やリアルタイム音声翻訳により、言葉の壁を越えて世界中の動画に瞬時にアクセスできるようになりました。
こうした変化については、私自身もAIをフル活用しているため、「まあ、そうだよね、AI使えば時短できるよね」と横目で見るくらいだったのです。
しかし、先日、私自身が実務の中で「AIによる生成と、人間の感性」について深く考えさせられる出来事がありました。
過去5年のプロジェクト棚卸しという試練
きっかけは、過去5年分にわたるプロジェクトの棚卸し作業を行う必要に迫られたことでした。
ローカルのフォルダ内に煩雑に散らばった仕様書や報告書、打ち合わせのメモをひとつひとつ開きながら途方に暮れていたとき、「これ、AIにまとめてもらえないだろうか」と思い立ったのです。
さっそく、手元にある過去のプロジェクト資料一式をフォルダごとAIに読み込ませ、要約と構造化を指示してみました。
AIの処理能力は圧倒的でした。各プロジェクトの概要、達成した成果、そして当時の課題点に至るまで、瞬時に分析して綺麗な整理表として出力してくれたのです。おかげで短時間で全体像を把握することができ、作業効率は劇的に向上しました。もしゼロから自力で過去のファイルをめくっていたら、間違いなく数日はかかっていたであろう作業が、ほんの数十分で終わったのです。
ここまではよくあるAIによる作業効率化の話です。しかし、画面に表示された見事な要約をじっと眺めているうちに、胸の奥からある種の「違和感」が湧き上がってきたのです。
データ化できない「人間の生々しい経験」
AIが整理してくれた要約は、客観的な事実としては完璧なものでした。報告書なのだからそれでいいのかもしれません。
しかしそこには、私自身がそのプロジェクトで味わった生々しい経験、クライアントやチームメンバーと泥臭く交わしたやり取り、壁にぶつかったときの苦悩や、乗り越えた瞬間の達成感といった「感情のニュアンス」が一切抜け落ちていたのです。
AIはデータを分析し、構造化された情報としてアウトプットすることには長けています。しかし、人間がどのような思いでその判断を下し、どんな価値観を持ってプロジェクトに取り組んだのかという「歴史的な文脈や感情」までは理解できません。
情報としては正しくても、人間的な要素が欠落しているからこそ、そこに冷たさや違和感を覚えたのだと気づきました。
そこで私は、AIが作ってくれた完璧な要約(骨組み)をベースにしながら、当時の記憶を手繰り寄せ、自分の言葉で感情や経験、ストーリーを肉付けして最終的な報告書を完成させました。
仕上がった報告書は、私が完全にゼロから書き起すよりも、はるかに構造的で読みやすく、かつ自分の思いも込められた満足のいく内容になりました。
「AIくさい文章」の先にある、創造性の拡張
巷では、AIが生成した文章に対して「AIくさい」「型通りで味気ない」といったネガティブな意見が聞こえることもあります。
私はそれを否定するつもりはありません。AIが生成する文章には独自のテンポや固さがあり、人間の生きた言葉とは異なる感覚を与えるのは事実です。しかし、それは欠陥ではなく、単なる「AIというツールの特性」に過ぎないのです。
重要なのは、その特性を理解した上でどう使いこなすか、です。AIが提示してくれた骨組みや視点を足場にし、そこに人間が感性や意思、文脈を注ぎ込むことによって、一人の頭の中だけでは到達できなかった新しい表現やアイデアが立ち上がってくるはずです。実際、今回の体験はそれを示してくれました。
クリエイターや専門職の間ではAIに対する警戒感や反発の声も聴かれますが、私はAIを決して敵ではなく、人間の創造性を何倍にもブーストしてくれる強力なパートナーだと捉えています。
AIに効率化できる作業は委ね、浮いた時間と頭の余白で、人間しか生み出せない「生きた価値」を吹き込んでいく。
今回のプロジェクト棚卸しを通じて、AIがもらたす価値の一つは、私たちが未知の領域や面倒な作業へと一歩踏み出すための「強力な足場」を提供してくれることなのだと、改めて心から実感しました。
みなさんがもしクリエイターだったとしても、AIを真正面から否定することはもう止めにしませんか?日々の仕事やアウトプットの中にAIを恐れず取り入れれば、きっと自分ひとりでは到達できなかった新しい価値に到達できるはずです。そう思いませんか?
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
それでは、よいイノベーションを!



