みなさん、こんにちは。
昨日、MSXコミュニティにとって非常にショッキングな出来事がありました。開発者のHRA氏より、長年進められてきたMSX2++プロジェクトの終了が報告されたのです。
一方で、MSXの権利者である西和彦氏は「キャンセルしたプロジェクトなので名前を使わないでほしい」とSNSで発言。この一連の流れを見て、コミュニティの一部では「殿ご乱心か?」といった声も上がっています。
その後、展開が二転三転し、現在は西和彦氏とは別個のプロジェクトとしてHRA氏のプロジェクトがMSXアソシエーションからライセンスを受けて活動継続することが決まったようです。
ですが、この騒動を単なる「人間関係のトラブル」として片付けてしまうのは、少しもったいない気がします。実はここには、「MSXとは一体何なのか?」という、非常に深い哲学的な食い違いがあるように見えるのです。
MSXのDNAとは「バラバラなものを統合する」思想
1980年代、MSXが誕生した背景を思い出してみてください。当時はメーカーごとに仕様が異なり、互換性がまったくない「パソコン戦国時代」でした。そこに「統一規格」として風穴を開けたのがMSXです。
- ハードウェア仕様の統一
- BASIC言語の統一
- 周辺機器の互換性確保
「機種依存コードを書かずに済む世界」を作る。つまり、バラバラなものを一つにまとめ、ユーザーや開発者の負担を減らすことこそが、MSXの真のDNAなはずです。これは単なる懐古趣味ではなく、極めて強力な「標準化」という技術思想なわけです。
MSX2++はなぜ「決別」を避けられなかったのか
HRA氏の卓越した技術力と情熱は、誰もが認めるところです。しかし、MSX2++が目指した方向性は、言わば「過去の延長線上にある歴史のIF」でした。
- MSX2やturboRの強化版
- FPGAによる完璧な互換機の再構築
- レトロファンの期待に応える究極の設計
これらは昔のMSXファンにとって最高に魅力的ですが、西氏が描く「バラバラな現代を統合する」という未来のMSX像とは、構造的に噛み合わなかったのだと考えられます。MSX2++が「過去を再構築するプロジェクト」であったのに対し、西氏は「未来を規格化するプロジェクト」を求めていた。この違いが、今回の悲しい決別の本質にあるのではないでしょうか。
IoT市場は、1980年代のPC市場と同じ「カオス」にある
「じゃあ、MSX0はどうなんだ?」と思うかもしれません。実は、MSX0こそがMSXのDNAを最も色濃く継承していると言えます。
今のIoT市場を見てみてください。1980年代のパソコン市場にそっくりだと思いませんか?
- センサーの仕様はメーカーごとにバラバラ
- 通信方式も乱立している
- プログラムの書き方も統一されていない
開発者は常に「互換性のなさ」に苦しめられています。そう、IoTは今、MSXがかつて解決しようとした「あの頃の問題」を再び抱えているのです。
だからこそ、MSX0が「IoT」という切り口で登場したのは、MSXのDNAを現代に再実装する必然的な流れだったと言えるでしょう。
MSX0は「現代のMSX1」であり、その先へ
西氏の構想では、MSX0、MSX3、MSX5というロードマップが示されています。これらは単なる新ハードではなく、「未来の統合規格」としての進化を目指しているようです。
- MSX0: IoTの入口。センサーや通信を統合する「現代のMSX1」
- MSX3: 2K/4K/8K対応。高解像度時代の標準化
- MSX5: RISC-V採用。オープンアーキテクチャによるさらなる統合
MSX2(互換層)も長期的にはMSX0へ統合されるという話もあります。つまり、レトロの延長ではなく、「IoTからPC、エッジデバイスまでを横断する新しい標準」を作ろうとしているわけです。
標準化という原点への回帰
今回のMSX2++を巡る騒動は、技術者としての情熱と、規格創始者としての思想がぶつかり合った結果かもしれません。
しかし、私たちが注目すべきは、MSXが再び「バラバラな世界を一つにまとめる」という原点に立ち返ろうとしている点です。
MSXの未来は、過去を懐かしむだけのものではなく、現代の複雑な技術環境をシンプルにする「新しい標準」の創造にある──。その鍵を握るのが、現在進行中のMSX0 Tab5などのプロジェクトです。
これからの1年で、MSXがどのような「解」を提示してくれるのか。期待を込めて、引き続きMSXプロジェクトを注視していきたいと思います。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、よいMSXライフを!



