医療における「意思決定速度」と「組織構造」 ― 診療科ごとの文化差をどう扱うか

みなさん、こんにちは。

医療界ではここ数年、「チーム医療」「多職種連携」「タスクシフト」「働き方改革」といったキーワードが盛んに叫ばれています。「医療はもっとフラットで、協働的な組織へ向かうべきだ」という方向性が、まるですべての現場における「唯一の正解」であるかのように語られることも少なくありません。

しかし、システム開発の現場と医療現場を行き来し、医療システムの企画・開発者という「部外者の目」で現場を観察していると、どうにも違和感を拭えないのです。

本当に、すべての医療領域がフラットであるべきなのでしょうか? すべての領域が、同じ形のチーム医療に向いているのでしょうか?

むしろ、診療科ごとに文化が違いすぎて、同じ「医療」という一言で一括りにすること自体に無理があるのではないか、現場を見つめながら、そんな感覚を抱くのです。同じような違和感や、言葉にできないモヤモヤを抱えている方も少なくないのではないでしょうか。

以前、当サイトでは医療とシステム開発を比較しながら「直面する問題の性質によって、最適な組織構造は変わる」というお話をしました。

今回はさらに一歩踏み込んで、医療の「内部」に目を向けてみたいと思います。診療科ごとに異なる「意思決定速度」と「問題の複雑性」が、いかに組織構造や文化を形づくっているのか、私なりの視点で整理してみました。

※なお、本記事で挙げる「〇〇科は〜」という表現は、筆者が現場で見聞きしてきた傾向や言い回しを組織論の観点から整理したものであり、個々の医療者個人の人格を決めつけるものではありません。

 


 

医療領域は「意思決定速度」で2つに分類できる

 

医療の現場と一口に言っても、意思決定に許される「時間軸」は領域ごとにまったく異なります。大きく分けると、次の2つのダイナミクスが存在します。

1. 「秒〜分単位」で判断が必要な領域

  • 該当する領域
    救急、ICU、救命センター、手術室、災害医療、トリアージなど
  • 特徴
    ここでは常に「生か死か」の二択を迫られることが多く、迷うこと自体が最大のリスクになります。
  • 最適な組織
    必要な情報は最小限でよく、指揮系統は一分の隙もなく明確であるべきです。最終判断は医師がトップダウンで行う、いわゆる「ピラミッド型(ヒエラルキー型)」の組織が圧倒的なパフォーマンスを発揮します。

2. 時間軸が長く、問題が複雑に絡み合う領域

  • 該当する領域
    在宅医療、緩和ケア、慢性疾患管理、精神科、リハビリ、地域包括ケアなど
  • 特徴
    ここには、単純な「一つの正解」が存在しません。患者さんの生活背景、ご家族の状況、利用できる社会資源、心理的要素など、無数の要因が複雑に絡み合っています。
  • 最適な組織
    答えがない中で試行錯誤しながら進むしかないため、役割分担はあえて緩やかにし、状況に応じて柔軟に調整・対話ができる「フラット型(アジャイル型)」の組織が機能しやすくなります。

 


 

診療科ごとの文化差は「構造の違い」から生まれる

 

医療の現場では、しばしば他領域の文化に対するライトな「不満」や違和感を耳にすることがあります。

「救急の人は、じっくり話を聞いてくれない」
「外科は独裁的で、トップダウンすぎる」
「精神科は方針を決めるのが遅い」
「在宅はなんだかふわっとしている」
「緩和ケアはカンファレンスの話が長い」

これらは一見すると単なる愚痴や悪口のように聞こえるかもしれません。しかし、医療外の視点から見ると、決してそうではないのです。これらは、各領域が抱える「構造的な制約」を、側面から見事に映し出している言葉に他なりません。

  • 救急医が即断即決(に見える)のは、時間的余裕がコンマ秒単位しかないからです。
  • 外科医が強いリーダーシップを取るのは、手術室という極限状態において即応と統率が不可欠だからです。
  • 精神科医が結論を急がず「待つ」ように見えるのは、拙速に答えを出すことで築いてきた治療関係が崩れるリスクがあるからです。
  • 在宅医が試行錯誤しているのは、医療だけでは完結しない「生活上の課題」が山積みだからです。

どれも、その領域のルールにおいては極めて合理的であり、命を守るための「正義」なのです。ただ、領域が変われば、その正義の形がガラリと変わるだけです。

 


 

衝突の原因は「価値観」ではなく「構造」

 

医療者同士の摩擦を見ていると、それは個人の価値観のぶつかり合いというよりも、この「組織構造の違い」に起因することがほとんどです。

ピラミッド型の領域(救急や外科など)で生きる人は、役割や指示が曖昧な環境に強いストレスを感じます。一方で、調整型の領域(在宅や緩和など)で生きる人は、強い指揮命令系統を突きつけられると窮屈さや反発を覚えます。

繰り返しますが、どちらも自分の主戦場においては100%正しいのです。 問題は、「自分の領域の『正しさ』を、性質の違う他領域の現場にそのまま持ち込んでしまうこと」にあります。

 


 

医療に求められる「可変的な組織構造」

 

医療という巨大な営みは、単一の組織構造だけで運営できるほど単純なものではありません。

急変時には、一糸乱れぬ指揮系統の明確な運営が必要です。しかし、日常の管理やケア、多職種連携の場面では、役割を固定しすぎずに状況に応じて柔軟に調整する方がうまくいく。つまり、医療行為の中には「トップダウンで決めるべきもの」と、「対話を重ねて合意形成する方がよいもの」が混在しているわけです。

これから必要なのは、一律にフラット化を目指すことではなく、状況や局面に応じて組織構造をなめらかに切り替える「可変性」ではないでしょうか。

そして、医療者同士が互いに本当の意味でリスペクトし合うためには、「自分の領域の正しさは、隣の領域では通用しないかもしれない」というメタ的な視点、すなわち構造への理解が欠かせないと思うのです。

 


 

構造理解から始める医療文化の未来

 

医療は、単に「専門職が集まった場所」ではありません。性質も時間軸も異なる複数の世界が、背中合わせで隣り合っている巨大な生態系(エコシステム)です。

この構造の違いを無視したまま、一概に「チーム医療」や「タスクシフト」というお題目を唱えるだけでは、現場に不必要な混乱を招くだけです。逆に、領域ごとの構造の差をクールに理解し、状況に応じて自分の立ち振る舞いや組織の形を切り替えられる医療者は、どの現場に行っても深く信頼されるはずです。

もし、医療の高度化・複雑化が進む中で、医師自身にそうした組織の切り替えやマネジメントまで求めるのがシステム的に限界なのであれば、いっそのこと病院経営や組織運営自体はプロの経営者に完全に任せるべきフェーズに来ているのかもしれません。

医療の未来、そしてこれからの組織のあり方を考えるうえで、この「構造理解」は絶対に避けて通れないテーマだと思っています。

もし、この記事を読んで「うちの科ではこうだな」「確かにあの部署とは話が通じない理由がわかった」など、感じるものがあれば、ぜひコメントで教えてください。一見タブーに思えるような境界線を恐れずに踏み越え、議論を深めていくことでしか、次の時代の新しい医療文化はつくれないのですから。

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

それでは、よいプロジェクトマネジメントを!

カテゴリ: プロジェクト管理

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