医療DXが「足し算」で自滅する理由 ― 現場で知った、最強の組織を動かす「引き算の論理」

みなさん、こんにちは。

以前、私は「新規開発」における「引き算」の重要性を説いた以下の記事を書きました。

任天堂のWii Uが「テレビとゲームパッドの2画面を同時に見る」という機能の足し算(複雑さ)で自滅したのに対し、Nintendo Switchは画面を「いま見ている1画面」に徹底的に引き算(シンプル化)し、テレビと携帯のモードを切り替える構造にしたことで覇積を握った、というお話です。

実は、これと全く同じ「足し算の罠」による自滅が、いま日本の「医療DX」の現場で毎日のように繰り返されています。

先日、ある医療機関の医療DX担当者の方と、Web面談でじっくりとお話しする機会がありました。そこで突きつけられたのは、ITベンダーが描く「スマートな病院」という理想を、現場の看護師たちが強烈に拒絶する、あまりにも生々しい「臨床の声」でした。


現場からの悲痛な叫び – 「また画面を増やすのですか?」

医療機関に対して新しいデジタルツールや見守りセンサーを提案しようとすると、導入の前に、現場の看護師の方から決まって次のような拒絶反応が返ってきます。

「またモニターやシステムが増えるのですか? 私たちは一体、どれを見ればいいのですか?」

「新しいツールを入れることで私たちの仕事が増えるなら、今の仕事を誰がかわりにやってくれるのですか?」

医療機関において、看護師は最大かつ最強のプロフェッショナル集団です。「看護部を怒らせたら、オペ室が回らなくなる」と言われるほど、その発言権は強いです。

どれほど経営層や医師が「これは素晴らしいシステムだ」と導入を急いでも、現場である看護部が納得し、使いこなせなければ、どんなシステムも一瞬で形骸化します。

看護の現場は、すでに、日々の多忙な臨床業務、ナースコールの鳴動、膨大なカルテや手書きの転記作業で、認知的にも身体的にも限界を迎えています。そこに「新しい便利なシステム」という名の「足し算」を持ち込むことは、看護師の方々にとっては「仕事を増やす嫌がらせ」にしか見えないのです。


「足し算のDX」が作る、操縦不能なコックピット

多くのITベンダーや大手SIerは、こうした現場の課題に対して、次のような提案をしがちです。

「見守りセンサーも、バイタルデータも、ナースコールも、全部1つの画面に『統合』しましょう!」

一見、スマートな解決策に見えます。しかし、これはWii Uの「2画面を同時に見て操作してね」という設計の、さらに上を行く「情報過多の暴力」です。

情報をただ1箇所に「統合(足し算)」した画面は、まるで無数の操縦計器だらけで一般人には制御不能な飛行機のコックピットのようなものです。情報に囲まれてパニックに陥るのが必然です。

現場が求めているのは、命を預かる極限状態の中で、「今、私は右に動くべきか、左に動くべきか」を迷わずに判断できる、必要最小限のシグナルです。

情報をただ統合するだけの「足し算のDX」は、現場の認知的負荷を上げるだけで、本質的な業務効率化には1ミリも寄与しないのです。


現場を納得させる「3つの引き算」

では、どうすれば保守的で多忙な現場に、デジタルテクノロジーを受け入れてもらえるのか。

答えは、徹底的な「引き算の論理」にあります。

製品を開発するにあたって、私たちは現場における「3つの引き算」をデザインしなければなりません。

1. 「管理対象」の引き算(ノイズの制御)

例えば「離床・体動センサー」のように、寝返りを打っただけでも鳴ってしまう「原理的にノイズ(無駄鳴り)を制御できない人間の動き」を追うのをやめる。設定や運用ルールでコントロール可能な「医療機器のアラーム」に対象を絞ることで、現場を疲弊させる「無駄なアラート」そのものを削ぎ落とします。

2. 「提示情報」の引き算(イベントから文脈へ)

「いま、アラームが鳴った」という単発の「点(イベント)」をその都度通知するのをやめる。代わりに、発生前後の時系列数値やモニター画像という「線(文脈)」だけに情報を絞り込んで提示します。これによって、看護師がベッドサイドに走る前に「これは様子見でいい」「これは今すぐ行くべき」と、遠隔で文脈を踏まえた「即時判断」を下せるようになり、不要な訪室という無駄な行動を引き算できます。

3. 「既存業務」の引き算(自動化による等価交換)

これが最も重要です。新しいシステムを入れるなら、それと引き換えに、現在看護師が最も嫌がっている「手書きでのバイタル転記」や「カルテ書き」といったアナログな事務作業を自動化し、現場の持ち時間を直接「削る(引き算する)」。「これを入れると、毎日やっているあのカルテの仕事が丸ごと無くなります」という等価交換を提示できて初めて、最強の看護部は重い腰を上げてくれます。


医療DXの本質は「仕事を増やすIT」から「仕事を削るデザイン」へ

かつて任天堂は、ゲームを遊ぶ上での「画面やコントローラの複雑化」という制約を引き算することで、Nintendo Switchという希代のヒット作を生み出しました。

医療DXも、これと全く同じであるべきです。「あれもできる、これもできる」というベンダー側のスペック競争(足し算)の先には、コックピット化して誰も使わなくなる無用の長物しか残りません。

いま日本の医療現場に真に求められているのは、徹底的に現場のノイズと作業を削ぎ落とし、現場の「判断力」を最も必要とされるケアへと集中させるための「引き算のデザイン」です。

私が開発に参加している医療機器監視システム「MEGTAR」でも、単なる監視カメラの足し算ではなく、現場の認知的負荷を徹底的に引き算し、「説明可能な見守り」をシンプルに実現するツールでありたい。そう願って、今日も現場との「共創」を続けています。


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本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

それでは、よい医療DXを!

カテゴリ: 事業開発

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